Stéphanie Aubriot
The Chocolate Savant

ステファニー・オブリオは、家族が営むパンとお菓子の店で働きながら育ちましたが、その才能と勢いで瞬く間にフランスで最も愛されるキッチンのトップの座に就きます。

スイーツ界の巨匠オリヴィエ・バジャールの下で修行したのち、M.O.F.(フランス国家最優秀職人の称号)であるミシェル・ルーの下で働くためイギリスへ渡ります。

2013年、ベトナムで最高峰のデザートを作るようにと、ルーは彼女をダナンへ送りました。彼女はマルゥを見つけると、農場を訪れにホーチミンへやってきました。そこで1週間滞在し、シングルオリジンのチョコレートひとつひとつを味わいました。

彼女は飛行機の翼に盛りつけられた、特製のチョコレートプレートを味わわせてくれました。食べる人をどこか特別な場所へ誘うようにと思いを込め、マルゥトラベラーと名付けました。

そしてメゾンマルゥをオープンしたとき、彼女にぜひメニューの考案をと頼んだところ喜んで引き受けてくれたのです。

ご出身は?

ナンシーで育ちました。素敵な町ですよ、天気はいつも悪いですけど。人口が10万人ぐらいで、良い大学がいくつかあって、歴史と美しい建築物があるところです。

曽祖父がそこでパン屋を始めたんです。パン屋は村で一番重要なんだと聞いて育ちました。村長、銀行家とパン屋が最初に車を持って、電気を引いたんだとか。

チョコレートの最初の思い出は?

小さい頃、チョコレートにアレルギーがあって。頭痛がしたんです。

父や叔父たちがイースターエッグなどを作るのを見て育ちました。その匂いや質感が好きでした。でも私にとっては食べることが喜びではなかったんです。キッチンで誰かのためにチョコレートを作ることが喜びでした。

テンパリングの機械が無限(∞)の記号を描きながら回転するのが好きでした。あれ以上に美しいものはなかった。でもガナッシュにクリームが混ぜ込まれたり、完成したガナッシュの眩しい佇まいも同じぐらい美しかったです。

毎年クリスマスは、朝早く起きて一生懸命働きました。それからみんながお店に来てどれにしようか悩んでいる様子を座って見るんです。アドバイスをするのも大好きでしたね。8人に食べさせるのはどうするのがいい、とか。食べるのは最後の最後。お菓子職人はそこにはいませんから。

毎日キッチンで働いていたんですか?

曽祖父が自宅にベーカリーとお店を作ったので、代々そんな感じで生活していました。1980年に祖父が引退して、会長の父と父の兄弟二人が家を完全な仕事場に改装することにしたんです。生活と仕事とを分けたかったんだと思います。私たちはお店から5キロのところに住んでいました。

父は私が仕事についてくるだろうとは思ってなかったみたいで、いつも私が聞かないといけなくて。父はいつも「いいよ」と言ってくれました。

チョコレートの仕事に就くことになったのはいつですか?

19歳で高校を卒業して、お菓子の勉強を始めました。その間叔父に弟子入りしていましたが、とても厳しい人だったので、叔父の元で学ぶのは簡単ではなかったですね。何度も泣きました。私が24歳の時、叔父は引退を決めてお店の経営について教えてくれるようになりました。それからイースターシーズン真っ只中のころ、ガンだと発覚して、それから1ヶ月も経たずに亡くなってしまって。その時彼に「ステフ、チョコレートを仕事にするんだぞ。スイーツの中で一番気高い食材なんだ。」と言われたんです。

とても辛い時期でした。突然すべてのチョコレートの味を自分で見ないといけなくなって、忍耐と緻密さが求められました。勉強する時間すらなかったですね。事業全体の経営を学びながら、少しずつチョコレートも自分の味が定まってきました。

チョコレートを食べるのは好きではないですか?

みなさんは気分がすぐれない時チョコレートを食べますよね。私の場合はチョコレートを作るんです。腹を立てていてはいけないし、気にも病めない。集中しないといけないので。

調子が悪いときは自分のチョコレートの部屋に行ってチョコレートと遊ぶんです。チョコレートは親友みたいな存在です。じっくり向き合えない時は、何もうまくいきません。

フランスの有名なM.O.F.たちの下で働いてこられて、ふと気づくとベトナムでキッチンを立ち上げている。どういう感じだったんですか?

ベトナムは到着した初日に大好きになりました。ここは社会主義共和国ですが、世界のどこよりも自由になった気がするんです。理由はわからないけど。

ベトナムの方たちは自分たちの歴史に対して穏やかに見えます。フランス人がやってきて戦争をし、アメリカ人がやってきて戦争をしたけど、今は誰も気にしていない。強い国だから好きですね。とはいえ、本物のデザートやペイストリー文化はないです。

ラ・メゾンでの最初の数週間を覚えています。1日の終わりにスタッフにお菓子をあげたんですけど、喜んでもらえなくて。でも少しずつですが営業後にみんなでお菓子を食べるちょっとした時間を好きになってきてくれました。お菓子だけの話ではなく、1日の終わりのあの最高の瞬間とお菓子との関係性だったんですね。

マルゥはどのようにして知ったんですか?

ミシェル・ルーが彼らのチョコレートにとても感心していたんです。ベトナムのことを知らない人は、ベトナムと聞くと紛い物とかを想像するでしょう。でもここに1年いて、ベトナムにはなんでもあるって気づいたんです。しっかり見ないといけないだけで。

マルゥが世界で一番だとは言えないかもしれないけど、マルゥがすごいのは、とても細かいところまで気を使っているところだと思います。マルゥは一軒一軒農園に足を運んで、カカオ豆を選定して、各農家さんがより良くなる手助けをしている。だから私のようにマルゥに来る人がたくさんいるんです。一人一人が自分のできることを差し出して、それが一緒になって素晴らしいものが出来上がるんです。

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